Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

    “5日間の休暇 オフA
 



          




 定時となって動き出した新幹線。学校行事の旅なので当然のことながら他の生徒たちの目もある。たかだか修学旅行に見送りが来ただなんて、賊の総長たる者としては示しがつかなくて恥ずかしいだろうよなって、そこはさすがに判断出来た坊やだったからね。ホームの端で、二人っきりにて“行ってらっしゃい、気をつけてね?”という、肅々としたお見送りを何とか済ませた葉柱のお兄さんと妖一くんで。…正確には、
『詰まんねぇコトで事故ったりパクられたりすんなよな。』
 地方新聞や地域限定の三面記事だって、こっちに居ながらにしてネットで簡単に検索出来んだからな。向こうで地元のやんちゃと喧嘩とかして、一人だけ先に送り返されて来たりとか すんじゃねぇぞ?と。総長さんが自分では思いもしなかったものを並べて下さったのへ“そういう手があるのか”と感心したほど、相変わらずの頭の回転の切れだったのを披露しちゃった坊やだったのは ともかくとして。
(こらこら)
“よもやこんな公衆の面前で、お別れのキスとかまではしないでしょうね?”
 他の生徒たちの視線を遮る壁代わりになりつつも、一応は気を遣って背中を向けてたメグさんが、日頃の睦まじさから連想してついつい危惧したようなまでの盛り上がりはないままに。じゃあねと手を振った坊やをホームに残して、賊徒学園高等部二年の皆様は長崎を目指す旅へと出発なさり。
“………行った、か。”
 今日を入れての6泊5日。ってことは、帰って来るのは来週の木曜の昼下がり以降ってトコだなと。まだ新幹線の最後尾が見えてる内から、早くも帰京時間を割り出してるあたり、やはり葉柱の不在は堪える坊やであるらしく。
“だってよ、その間はバイクのアシなしで通さにゃなんねぇんだもんな。”
 呼んだらすぐ来るし、あっと言う間に何処へでも行けるってのに、すっかり慣れてっからな。今日だって、ここにこの時間までに到着するにはどうすりゃいいかって、久々に鉄道道程関係の検索用サイトにアクセス取っちまったもんな。便利もんに慣れるとそれが停止した時のダメージって結構大きいよなと、何だか…無理から総長さんのこと、至便性だけを頼ってた“物”扱いにしようとしているような気が。
“…無理からってのは何でだよ。”
 だってサ。ぶつくさ言いつつ、何でまた いつまでも、もう用事はなくなったプラットホームに立っている君なのかしら?

  “…っ。////////

 あ、凄んごい勢いで赤くなった。
“うっせぇなっ!”
 咬みついて来るかのような気勢を乗っけた細い肩を“ふんっ”と思い切りひるがえして。帰るための路線が乗り入れているホームへ向かうべく、そのまま踵を返した坊やの、小さな背中やカナリアの羽根みたいな金の髪。ぱたたと軽やかに駆けてく歩調に合わせて揺れて、くすんだ雰囲気ばかりが立ち込める、朝の通勤客たちの行き交う殺風景な雑踏の中へと、それはあっさり呑み込まれてしまったのだった。






            ◇



 帰りは来た道程を逆に辿るだけ。思い切った単独行動が多い彼は、だが、子供にありがちな“世界は自分を中心に回っているのだ”とする、一種お気楽な天動説によるような、根拠のない自負や思いつきで行動してはいないところが、やっぱり一味違っており。お初の土地でも環境でも、大人並みの落ち着きと冷静な解析力にて情報を掻き集めては、最善の行動を弾き出せる賢い子供。それだけの肝の太さがあってこそ、こんな可憐な風貌を大きに裏切るだけの中身を育んで来れたのだし、逆に言えば…一見 無垢で可憐なままで ずっとずっといられるのもまた、彼の場合はそういう“只者ではない”中身のおかげ。
“今時、身も心も純真無垢なまんまで居続ける方が難しいっての。”
 子供の世界だって結構苛酷だ。ひょんな切っ掛けから苛められて、でもって こっちからは苛め返せないってのは、そのままエンドレスで格好の餌食になり続けることを招きかねない。だから、大人しい子供は“防衛策”として、自分から従順で卑屈な“使い走り
(パシリ)”になってしまいもする。苛められる側になるのが怖くて、自分は特に目障りだとは思ってない子への無視(シカト)に無理から参加させられて。そんなの間違ってるよって判っているのに、なのに逆らえない場合の何と多いことか。それが嫌だって言い張りたいなら、自分の我を通したければ。何かが何処かがずば抜けて頑丈な太々しくて強い子か、もしくは限りなく鈍感でなければならなくて………。
“いや、俺は特に鎧ってはないけどな。”
 この利発さは天性のもんだからと、ふふんと笑って見せる彼だけれども。果たして そですかね? 葉柱のお兄さんは、初見の頃から何かしら感じ取っていたようでしたが…あ、今は彼の話題はタブーでしょうか?

  “………。”

 都心であるほど人口密度も過密になるから。肩が触れるほどぎゅうぎゅう詰めにされることへのこれも唯一の抵抗か、他人への関心が極端に薄くなるのが都会の常で。時々は…こうまで小さい子供がたった一人で、ランドセルも背負わず通勤時間帯の電車に乗っているなんて、まるで何かの“判じ物”のようだからか。不審そうな、若しくは珍しいものでも見つけたというような視線が向けられたりもするけれど。直接“どうしたの?”と声をかけてまで来る人はいない。
“皆それぞれに忙しいからな。”
 困っている時ならともかくも、今は触らないでいてくれる方が助かるよと、ドアに刳り貫かれた四縁の丸い大窓から、車外へ視線をぼんやりと投げてる。外からだと、ふわふわと煌めく金の髪の乗っかった、そりゃあ愛らしいお顔が、窓の下縁にぎりぎり見えているだけな、小さな小さなおチビさん。本当は何も眺めちゃいないのに、他所に関心がある振りをし続けることにより自分の気配を出来るだけ希薄にする。それが心配する人の親切心からであれ、今は誰からも構われたくはなかった。だってきっと“平気だよ”というお顔を取り繕ってしまう自分だから。今更、心にもない演技をすることに抵抗はないけれど、今は正直、そういう小細工をするのが うざったい。直接接してる世界に背中を向けたままで何分過ぎたか。乗換駅では足早にホームを駆け抜け、山の手線から地元へ戻る在来線へと乗り継いで、ガラガラの車内へ連休の匂いを感じ、やっとの一息をついて見せる。
“………。”
 何で見送りになんか行ったのか、実は自分でも少々動機が不鮮明。予告のない行動へと葉柱がさぞやビックリするだろうな…なんて、最初はそんな他愛ない思いつきだったような気もするのだけれど。いかにも子供っぽい“サプライズもの”ってのは、労力とかが無駄に大きいと、その分だけ事後の空しさも馬鹿にならないものだから。そこまで割り出せて割り切れる坊やが、何でまた“やってみよう”と決め、実際にやってみたのか。今頃になって、自分でも何だか不可解な行動だったように思えてならない坊やであったりし。
“う〜ん…。”
 考え事をしてるだけ。別に落ち込んだりはしていない。髪を照らす陽光がお昼に向けて強まっており、今日もいい天気になりそな気配。ここんとこ妙に寒かったけれど、今日は暖かくなるのかな。ああ何か、さっきルイが頭や頬っぺを撫でてくれたの思い出すよな。デカい手だもんな。俺だってこれで結構、去年よりかは背だって伸びたし体重だって増えたのによ。相変わらず軽々と抱えやがってよ。どうかすると片腕でひょい、だもんな。話しする時も少し屈むしな。見上げるの疲れるだろ?って、ああそうだよ、ルイがまた馬鹿みたいに背ばっかデカいから………。
「…あ。」
 車窓の向こうを流れる景色に気づいて、反対側のドアへと向かう。乗り降りする人もまばらな、ここは最後の乗り換え駅だ。各駅停車する電車が入るホームに向かって殺風景な連絡橋を登り切ると、少し大きめの広場仕様、お向かいのショッピングモールが入ったビルへの連絡橋を兼ねた歩道橋へとつながる改札口が、まるで空へと向けて開いてでもいるかのように明るい光を取り込んでて眩しい。思わずの反射で、目許を眇めたのとほぼ同時に、

  「あれ? ヨウちゃんじゃないか?」

 聞き覚えのある声がこちらの意識へと飛び込んで来た。それに続いたのが、

  「ホントだ〜。ヒユ魔くんだvv

 これまた よ〜く聞き覚えのある幼い声で。何だ何だとそちらを向けば、今からそっちへ坊やが向かわんとしていた側のホームから、やっぱり連絡橋を上がって来たばかりらしい二人連れ。地味なデザインながらも気の早い麻のジャケットにジーンズと、シンプルにまとめたいで立ちをした、ちょこっとばかり背の高い青年は、桜庭春人という只今売り出し中のアイドルさんで。スポーツ用の帽子で隠した亜麻色の髪と、ソフトな端正さで瑞々しくも整った甘いマスクが売りの、気さくな若手俳優さんだ。そんな彼が手をつないでいた小さな小さなお連れさんは、小早川瀬那くんという小学生。パステルカラーのお洋服が良く映える、ふわふかのくせっ毛に、潤みの強い大きな琥珀色の瞳。マシュマロのようなきめの細かい肌におおわれた、しっとりしつつもふかふかと柔らかい頬をしていて、可憐なお花のように形の立った緋色の口許は、表情豊かで良く笑う。二人が二人とも蛭魔さんチの妖一坊やとは知り合いであり、
「どしたんだ、こんな早くに。」
「それはこっちが聞きたいっての。」
 どう見ても都心方面からの電車に乗って来た彼だと判る。
「こんな朝っぱらからお出掛けしてたの?」
 彼の子供離れした行動力は、お付き合いの長さから桜庭も重々承知。だが、無駄なことは極力しないというのも良く良く知っているからね。PCで遠隔調査出来ないことなぞ殆どないと誰よりも知っていて、大人顔負けのテクでもって重宝してもいる彼が、こんな時間帯に直々に足を運んでいたようなところが果たしてあったのかしらと、そこまでの理解でもって小首を傾げた綺麗なお兄さんだったが、
「…別に、どこだっていーじゃんか。」
 おや。少々口ごもっての“ノーコメント態勢”な模様です。
“まあね、特別の行動なんだから、内緒ってのも有り得ることではあるんだろうね。”
 だったらあんまり追及はしないでおこうと構えたところが、過激なくせに時々ちょいと繊細でややこしい彼への慣れがある桜庭ならではの判断だったが、そんな彼の足元近くにて、
「あのね、あのね。セナは進さんと桜庭さんの“おーえん”に行くのvv」
 訊いてもない内から、それはそれは嬉しそうに言い立て出したのがセナくんで。そういや今日は準決勝だったなと、珍しくも二の次になってた高校アメフトのオフィシャルスケジュールを金髪の坊やが思い出していると、

  「あ・そっか。ヒユ魔くんも“おーえん”に来てくれたの?」
  「はぁあ?」

 そりゃあ嬉しそうに笑うセナに深い他意はなかろう。こっちは身内がその準決勝に進み損ねたばかりなんだぞとか。お前の好きなチームは勝ったってのによ、日頃威張ってる俺のメンツが丸つぶれになる話題じゃねぇかよと、こっちの坊やが憤慨しちゃうかも…なんてことまでは、まるで考えていないらしく。ただただご本人が浮かれているだけな屈託のなさだと、誰よりも妖一坊や本人がよくよく判ってる。何かしら楽しいお祭りに行くんだよとでも言いたそうな、そりゃあ嬉しそうなセナくんの満面の笑みを見ているうち、
「………。」
 気づかないうちに力が入ってたらしい小さな肩が、すとんと落ちた。気にしてないって言いながら気にしてたみたい。カメレオンズが負けたことではなく、今日からしばらく葉柱とは逢えないことを。詰まんないと思うのが癪で、たった一人を意識するなんて癪で。それでそうと感じる前にと肩を張って平気な振りをしようと身構えてたみたい。
“…俺も相当ほだされてんのな。”
 誰かにこうまで固執してるのが、思えば初めてで。それで余計に肩を張ってたんだろうな。自分へは一番 害のないセナへまで、警戒心剥き出しになっていた。そんな自分に自分で気がついて、
「応援なんかじゃねぇよ、スカウティングに決まってるだろ。」
 薄いお胸を張って“ガキだよなぁ”と言いたげなお顔をして笑って見せるのへ、桜庭がこっそり苦笑い。
“相変わらず、強がっちゃってまあ。”
 きっと別な御用でのお出掛けだったのだろうにね。ちょっぴり気落ちしていたのだって、ちゃんと感じ取っていた。大体、こんな遠くへ運ぶのに電車を使う坊やじゃない。本当に王城の試合を観戦しに来たのなら、あのオートバイ乗りのお兄さんと一緒な筈だろう。
“葉柱くんに何か不都合が出来た? そっちの御用でのお出掛けだった?”
 意気消沈の度合いからして、彼が入院したとかそこまでの大それたことではなさそうではあるが…と。さすがは人間観察を怠らない、俳優さんのお仕事も真面目にこなしているアイドルさん。これ以上の詮索はルール違反だからとセーブして、
「何だったらウチのベンチへおいでよ。」
 マスコットが増えて士気も上がるし、一番近くから色々拾えるよ? そうと言ってお誘いすれば、
「馬っ鹿だなぁ。スカウティングは櫓
(やぐら)の上からって相場は決まってんだぞ?」
 それでなくともチビな俺つかまえてよ。このタッパで、グラウンドレベルにいて全体が見れっかよ。偉そうな言いようをしておいてから、

  「でもまあ…ご招待なら受けてやっていい。」

 ちょっぴり顎を引いての上目遣い。ふわふわした金の前髪の下、淡い金茶の大きな瞳は、いつもの力みが弱まって愛らしく。柔らかな線で丁寧に描かれたような小鼻や頬の線がそりゃあやさしく。時折咬みしめてでもいたのだろうか、仄かに滲んだ濃い朱を芯にした、野ばらの小さな蕾みたいな口許が何とも言えぬ趣きで息づいていて。こんな雑踏の中に置いとくのは場違いなほどの、可愛らしさ…なのだが。
“…こりゃあ、いつもみたいに意識してのもんじゃないな。”
 だって、実は桜庭くん、坊やからのこの“必殺技”を向けられてもこれまで動じたことはない。その事実は坊やの側だって知ってる筈で、それをもって大した奴だと評価されてもいるのだからして、それを持って来て…今回は珍しくも素直な彼だと判断し、
「判った判った。」
 喜んでお迎え致しますよと笑顔でお返事。ヒユ魔くんも一緒♪と大喜びのセナくんと坊やと、両手に綺麗どころを引き連れて会場入りすることとなったアイドルさんは、翌日のスポーツ新聞で裏トップを飾ることとなるのだが、それはまた後日のお話である。
(笑)






            ◇



 東京地区大会の大詰めである準決勝の2試合は、同じ会場で前後して行われるのだそうで、東京代表の常連である王城ホワイトナイツは、今年も順当に勝ち進んで来たものの、さすがにベスト4ともなると、相手もなかなかの粘り腰を見せようことが予測され、
「ディフェンスパターンは…。」
「温存して来たWRの…。」
 監督さんが主務さんが、バインダーに挟んだ資料を間に、ベンチ前でデータの刷り合わせなんぞをしていたりして。専門用語が一杯で、戦略の隠語も少なからず入り混じるものだから、坊やがついつい聞き耳を立てたくなるような会話だったが、背後のスタンドから降って来る歓声が、気の早いウェーブに何度も何度も盛り上がっては、そんな会話もあっさりと飲み込んでしまうのでちょっと残念。
「ヒユ魔くんも今日はこれね?」
 ベンチのお隣りに腰掛けていたセナが差し出したのは、2本で1組になった応援グッズのバルーンバット。白い洋剣仕様なのはホワイトナイツのそれだからで、よくよく見ればセナ自身も、いつの間にか…王城のエンブレムがプリントされた大きなTシャツに着替えており、
「こないだの“騎士”の衣装は着ないのか?」
「うん。だってあれって凄っごく暑いんだもの。」
 今着ているTシャツは子供用ではないらしいのでぶかぶかで、此処へ着て来たシャツとカーディガンの上へ重ねて着ているセナであり、これも一種の“応援衣装”ということか。ちょっぴり幼い雰囲気の残る、ポニーテイルのマネージャーさんが“暑かったら言ってね?”と心使いして下さるのへ、二人揃って“は〜い”と良いお返事を返せば、辺りにいたむくつけき選手の皆様も何とはなしにお顔が和む。幾漠かの緊張感は大切だけれど、それに押し潰されていては本末転倒。気分の高揚だけを抱き、あとは勝利に向かって邁進するべく、集中するのみ。そんな陽的効果を齎
(もたら)す愛らしいマスコットくんたちには、これも余裕か、監督さんまでが何とも言えない苦笑を見せていて。そこへとやって来た相手チームの監督と試合前のご挨拶を交わしている。自分が出る訳じゃあないのに、ついついそわそわしちゃうような緊張感は、ちょっぴり能天気な(おいおい)セナでも感じるらしく。さっきまではいつもよりテンションが高いまま、キャッキャとはしゃいでいたものが、さすがに今は口数が減ったような。自分は今日は完全に他人事なので、しょうがねぇなと何か言葉をかけてやろうとしかかった妖一くんだったが、

  「…セナ。」

 ふっと。ベンチのすぐ前に立っていた人物があるのに気がついた。ざわざわと様々に雑多な気配や声が立ち込めていたとはいえ、こんな人物の気配にさえ気がつけなかったんだと坊やがギョッとしたのは、それが進清十郎さんだったから。整い過ぎた精悍な風貌は、表情が乗っていないと鋭角荘厳な雰囲気が増して、腰の引けた相手ならこれだけでも意を挫かれる。入念に鍛え抜かれた体躯には、楯のためにはわずかに鎧い、あとは瞬発力と膂力のための強靭な筋骨が、隆と絞られまといつき。鋭くて的確なプレイの数々は、その容赦のなさから“鬼神のような”と称されることも多い、恐るべき人物だってのに。
“…迫力はさほどねぇんだな。”
 あたるを幸いに誰へでも威嚇したって始まらないのは判るけど、まだ十代だとは到底思えぬ並々ならぬ威容を、その身に自然なものとして馴染ませているような、気魄の塊りというイメージがあるだけに、こんなにも静かだと正直 少々調子が狂う。怒っている訳ではない、表情が乏しいだけというそのお顔で見下ろした先。天使のようなというキュートな形容詞が文句なくついて回る、ふわふかな笑顔の坊やが、彼の側からも小さな手を伸ばして見せて、
「進さん、しゅーちゅーvv
 そんなお返事をしたのへと、まだヘルメットは装着していない騎士様が片膝ついて屈み込む。

  “???”

 一体何が始まるのだろうかと、すぐ真隣りの二人からついつい視線が外せないでいた妖一くんだったが、

  “あ………。”

 小さなセナくんがやはり小さなお手々で挟むようにして捧げ持ったのは、大好きな進さんのお顔。進もまた逆らわず、お顔とお顔を近づけて。額と額とをこつんとつけると、それは神妙な面持ちになる。
「…集中のお祈りに入ったらしいね。」
 こそりと、反対側から坊やへ囁いたのが、今までバックヤードの更衣室にて着替えていたらしい桜庭さんで、
「今季から毎回やってるんだよ、あれ。最初は更衣室の隅っことか通路の端とかでやってたんけど、あの“おまじない”をすると、どんな“隠し球”に遇っても勇み過ぎず冷静さを保てるってのが判ったんで、今じゃあ監督までが容認してるの。」
 凄いでしょうと、何でだか筋違いにも自分が威張るアイドルさんへ、
「…ってゆうか。あの進が平常心を失うような試合ってあるのか?」
 日頃からも、関心事が少ないからこその冷静沈着。ストイックというよりも、まるで機械のように ざくざくと、的確に完璧に使命をこなしているという感のある青年で。心ないとまでは言わないが、きっと何から何まで四角四面に手掛けるぞという堅苦しい信念で凝り固まってて、サプライズとか面白みなんて一切ない奴だろうにと、
「よくもそこまで言い切るねぇ。」
 相変わらずに口の達者な坊やだと…ちょっぴり引きかけた桜庭さんだったが、
「これは言うまいと思ってたけどね。」
 ますますのこと、声のトーンを落として囁いたのが、

  「こないだの、賊学と泥門の試合とか。」
  「………っ。」

 坊やの肩がかすかに震えたのへ、思い出させてごめんねと眉を下げたアイドルさんは、
「正直言って、どっちが勝ち上がって来ても安全牌だって皆が思ってた。どんな相手であれ…良い意味でも悪い意味でも一緒だと捉えて、馬鹿正直に丁寧に浚って分析する進でさえ、特に見るべきところはないって顔でいたのにね。」
 あの韋駄天の新人ランニングバックに火を着けたのは、間違いなく葉柱くんの守備範囲の広さだったでしょ? それを振り切ろう、くぐり抜けようって奮闘したことで試合中にどんどん速く俊敏になってった彼だったから。
「だから、二人が対峙するシーンは身を乗り出してまでして観てたしね。」
 あんまり良い意味でない“孤高”でいた、他所を見ようとしなかった進が、そんな柔軟性を持ったのは、セナくんと知り合えたかららしいしさと付け足された方は、あいにくと耳に入っていなかった坊やであったが、

  “…しゅーちゅー、か。”

 固執や傲慢さによって意識を頑なに固定するなと、良い意味での柔軟さを帯びた集中をと、おまじないみたいにして温みを分け合う二人という構図は、何とも微笑ましいし、
“セナだから絵になるんだろうよな。”
 俺だと誰が相手でも悪巧みの図にしかならんからなと、苦笑混じりに思ってから。はたと我に返ってしまう。
“………何で俺があんなことをするって?///////
 馬っ鹿じゃねぇのと自分へダメ出し。柄じゃねぇったらと真っ赤になっているものの、どうやら…気がついてないのかな? 総長さんとのこっそりとした睦み合い、結構人目についてることを。少なくとも賊学の面子にはバレバレで、だからこそ今回のちょっとだけのお別れを、皆から心配されてたことを………。









          ◇◆◇



 一昔前に比べれば、座席も車内もずっと洗練されたものへとバージョンアップしている新幹線の、窓側の席へとゆったりと腰掛けて。まだまだビル街ばかりが流れゆく、窓の外をぼんやりと眺めやる。頬杖をついた横顔は、表情を乗せないとたいそう恐持てして見える精悍なそれだが、目映い朝の光の中で、今は心なしか沈んで見えて。
「………。」
 ふと…思い出したように、制服のポケットから取り出したのは携帯電話で。大きな手の中で ぱかりとワンアクションで開くと、黙ったまんま、液晶画面を見入っていたが。やがて親指だけが時折動いて…何かしらの操作中。


  「メールですかね。」
  「貸し切り車両だから、遠慮は要らないっちゃ要らないしな。」
  「不良がマナーを気にしてどうすんだ。」*
どうか気にして下さい。
  「同じボタンばかり押してますよ。」
  「あれは収納されてる画像を呼び出してるんだよ。」
  「………きっと坊やの写真だね。」
  「だろうよな。」
  「何か、単身赴任先に向かう父親みたいっすね。」
  「だったらまだ窘めようもあるんだが…。」


 物陰からこっそりと伺い見ていた賊の腹心クラスのメンバーたちが、揃って“はぁあ”とやるせない吐息をついたのは、東京駅を出て…まだ30分と経ってはいない頃合いのことだったりする。


   「長い6日間になりそうだねぇ。」


   まったくです、メグさん。
(苦笑)









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  *まだ1日目です、先は長いです。
   って、別に毎日の彼らの模様を丹念に浚うつもりはありませんが、それでもね。
   既に“坊やは今頃どうしているのかな”モードの総長さんらしいです。
   ホント、気分は単身赴任のパパですな。
(笑)